沖縄旅行
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2007年07月31日

ぴあ沖縄mapガイド(’06ー’07)

ぴあ沖縄mapガイド(’06ー’07)
商品名:ぴあ沖縄mapガイド(’06ー’07)

価格:¥499
(税込み) <送料別> カード利用可

商品詳細:
那覇・石垣・宮古ぴあmook出版社:ぴあサイズ:ムックその他ページ数:96p発行年月:2006年08月この商品の関連ジャンルです。 ・本> 旅行・留学・アウトドア> 旅行
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posted by 沖縄旅行 at 15:52| 日記

2007年04月24日

沖縄旅行観光名所

◆瀬底ビーチ
那覇空港から車で約170分
水の透明度は県内屈指の天然ビーチ。 浅瀬でも熱帯魚の群れが迎えてくれます。
〒905-0211 本部町 瀬底

◆本部備瀬のフクギ並木
那覇空港から車で約170分
水牛の引く車ににゆうらり揺られて、懐かしい沖縄の風景と静かな風がやさしい時間をくれます。
〒905-0207 本部町 備瀬

◆沖縄美ら海水族館
世界一大きなパネルの前に広がる圧倒的なコバルトブルーの世界をお楽しみください。
〒905-0206 国頭郡本部町字石川424番地

◆名護市庁舎
たくさんのシーサーに守られた、 緑がよく似合う建物です。
〒905-0014 名護市港1-1-1

◆万座毛
那覇空港から車で約90分
目の前には東シナ海を臨む雄大な景色、足元には、透き通った美しいエメラルドの海が広がります。

◆アメリカンビレッジ
那覇空港から車で約40分
若者たちで賑わうシティーリゾート。ビーチで夕日を眺めた後は、素晴らしい夜景をお楽しみください。
〒904-0115 北谷町美浜

◆中城城址
那覇空港から車で約30分
戦火を免れ、曲線の美しい城壁を残す城跡は、絶景ポイントとしても有名です。
中城村役場

◆首里城
過去4度の焼失再建を繰り返し、琉球王朝時代の姿を今に伝える、壮麗な宮城です。
〒903-0815 那覇市首里金城町

◆平和祈念公園
那覇空港から車で約1時間
沖縄戦最後の激戦地、摩文仁に造られた、平和への祈りと鎮魂の場です。
〒901-0333 糸満市摩文仁

◆玉泉洞
地下に広がる鍾乳洞は、130万年の時が作り上げた芸術です。 園内では、沖縄伝統のエイサーも連日公演しています。

◆琉球ガラス村
那覇空港から車で30分
沖縄を代表する工芸品、その鮮やかな色彩を旅のお土産に作ってみませんか?
〒901-0345 糸満市字福地169番地

posted by 沖縄旅行 at 10:38| 日記

沖縄旅行行くならフェリー派?飛行機派?

最近の沖縄ブームの影響もあり、日本全国から沖縄への直行便が増えてきています。
飛行機で沖縄を目指す場合、沖縄の玄関口は那覇です。
沖縄までの交通費は沖縄旅行全体にかかるお金の中でも、滞在するホテル代と共に大きなウェイトを占めることになります。

日本全国の主要空港から大抵直行便が出ています。
路線によっては便数も多く、人気路線になっているところもあり、各種割引が充実しています。
東京・大阪・名古屋・鹿児島などからは大型のフェリーも運航しています。
スローライフ、格安を目指すのならフェリーが一番。
沖縄への行き方は、一般的には大きく分けて2つあります。
飛行機とフェリーです。(沖縄までは歩いたり泳いだり自家用ヘリでは行けません。)
この2つを更に詳しく紹介します。

◆飛行機
今のところ一番普通な行き方です。
ほとんどの方が飛行機を利用して沖縄に行くのではないでしょうか。
大都市、例えば東京からは1日20便以上の飛行機が飛んでいて非常に便利です。
その他の主要都市からも定期的に飛んでいます。
直行便がない地方空港からは東京や大阪経由で行くことも可能です。
東京ー那覇などは、航空会社にとっても非常に重要な人気路線なので、かなりたくさんの割引プランが設定されています。
それらの割引プランを上手に使えるかどうかが、沖縄に安く行く一番のコツです。
大抵の割引プランはインターネットを通じて購入ができるのでまずは、こまめにインターネットをチェックするところから始めましょう。
まずは代表的な割引プランを熟知しましょう。

◆フェリー
とにかく安く沖縄に行きたい方、スローライフが好きな方、海が好きな方はフェリーがおすすめです。
よっぽど船や海が好きという人以外は大抵は、価格でフェリーを選ぶ場合が多いのだと思いますが、
確かにフェリーは安さでは一番です。
時間がある方にはおすすめです。
安くて魅力的ですが、悪い点としては時間がかなりかかることです。
現在フェリーが定期的に運航されているのは、代表的なところで、「東京・名古屋・大阪・博多・鹿児島」
東京・名古屋・大阪からだと船中に2泊必要です。
博多・鹿児島からだともっと早く付きますがそれでも船中1泊は必要です。
そのため盲点なのが2泊3日の生活費(特に飲食代)です。
せっかくフェリーを使って交通費を安く上げたのにフェリーの中でたくさんお金を使ってしまうと、
実は飛行機と変わらなかったと言うことにならないように気をつけたいです。

◆気になる料金の比較
東京から那覇までだと、時期などによって変わりますが、

□飛行機:JAL,ANA,JTA 2時間30分 36,500円

□フェリー:マルエーフェリー2等 船中2泊 23,500円
posted by 沖縄旅行 at 10:38| 日記

沖縄旅行〜世界遺産〜

沖縄といえば基地やリゾートに注目されがちですが、そこには日本本土とは全く異なる固有の文化と歴史があります。
沖縄には数多くの遺跡が存在します。
未だ発掘されていないものや基地の中に埋もれたままのものも含めると、膨大な数の遺跡が存在すると思われます。
その中で保存状態のよいもの、あるいは当時の状態が復元されたものなど、全部で9箇所の遺跡が、
2000年12月『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界遺産に登録されました。
沖縄の世界遺産の多くは、ある特定の年代に作られたもの、またはその時代に繁栄した拠点です。
特定の年代とは、群雄割拠の戦国時代から琉球王によって平和と安定がもたらされるまでの比較的短い期間です。
三山時代と呼ばれる戦国時代から琉球王国が独立国家として栄華を極めた時代はそれほど長くはありません。
このサイトはその短い期間に起こった世界遺産と関わりの深い出来事に注目し、エピソードとしてまとめています。
それぞれの世界遺産を写真を見ながら散歩していただき、エピソードや登場人物を通して少しでも沖縄の歴史に触れていただければ幸いです。

◆今帰仁城跡(なきじんじょうせき)
今帰仁城は本島北部を代表する沖縄屈指の名城です。
その歴史は古く、13世紀頃から城が作られていたようです。
琉球三山(さんざん)時代には北山(ほくざん)の中心として栄え、その勢力は奄美諸島を支配し、中国とも貿易をしていました。
北山の勢力は1416年に中山の勢力によって滅ぼされ、その後中山王の王子が北山監守としてこの城の主となります。
1609年の薩摩による琉球侵攻で城は炎上し、歴史の幕を閉じました。
この城の面積は非常に大きく、一部は現在見えている部分よりもさらに一回り大きな城壁が埋もれているようです。
今後も発掘調査が続けられ、その全貌が明らかになることでしょう。

◆座喜味城跡(ざきみじょうせき)
座喜味城跡は本島中部西海岸の名勝残波岬のある読谷村にあります。
世界遺産に指定される以前から公園として整備されており、舗装された広い駐車場があります。
入口には美術館もあり、観光などで訪れる人が絶えることがありません。
入口から城門に至る道は美しい松林に囲まれていて、公園としてもすばらしい所です。
鳥瞰すると細長い形をした城が多い中で、この城は実にバランスのよい正三角形に近い形をしています。
また城壁や城門の石積みの精巧さ、美しさは沖縄の城の中でも随一と言えるでしょう。

◆勝連城跡(かつれんじょうせき)
勝連城跡は本島中部東海岸に長く突き出た勝連半島の根元付近にあります。
小高い山の頂に造られたこの城は、数ある沖縄の城の中で最も眺めのすばらしい所です。
独立した山の頂上からの眺望は360度遮るものは無く、北に金武湾、南に中城湾が広がり、一の郭から見渡すとまるで宙に浮いているかのような気分になります。
遠く離れた中城湾の対岸から双眼鏡でこの城を見ると、山の上に軍艦が乗っているようなその姿が確認できます。
勝連城の勢力は琉球王国時代には日本の京都や鎌倉に例えられるほど栄え、琉球王府からも恐れられるほどの存在でしたが、
強大になりすぎたその勢力は王府に対する謀反を起こして失敗し、1458年に王府軍の反撃で攻め滅ぼされました。

◆中城城跡(なかぐすくじょうせき)
中城城跡は沖縄で最もおなじみの城跡のひとつです。
世界遺産に指定される前から最も遺構がよく残っている城として知られており、また市民の公園としても有名です。
沖縄では、学校の遠足などで一度は訪れたことのある人が多いのではないでしょうか。
他の城跡と比べて非常に広い印象がありますが、城としての規模は他と比較してそれ程大きなものではないようです。
つまり本来の大きさがほぼ把握できるほど当時の状態がよく残っていると言えるでしょう。
この案内図は入口の料金所付近にあります。
現在の入口は北側にありますが、元々の入口は南側に位置しています。
つまり本来とは逆の裏口から入って行くことなります。

◆首里城跡(しゅりじょうせき)
首里城は、琉球統一王国成立以降の国家の中心地であり、栄華を極めた琉球王朝の象徴でもあります。
しかし、国家成立以来、実に4度も焼失し、特に第二次大戦では陸軍司令部があったことから攻撃目標となり、壊滅状態になりました。
現在の正殿などの建物は近年復元された新しいものです。
今次大戦で焼失する以前は1700年代に建てられた古い正殿が存在しており、国宝に指定されていました。
当時の遺構は今も正殿の地下に眠っています。
1992年、首里城跡は首里城公園として開園しました。
正殿をはじめ、北殿、南殿、奉神門、広福門などの建築物が再現されています。
世界遺産に指定された城跡で他に再現されたものはなく、ここだけが過去の様子を知ることのできる唯一の場所です。

◆園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん)
首里城正門前の道路を挟んだ向かい側にあります。
他の世界遺産が大きな面積を持つ遺跡群であるのに対し、園比屋武御嶽石門だけが単一の建造物です。
本来、この石門の背後の森も含めて園比屋武御嶽なのですが、すでにその森の大半は失われ今では石門だけが残っています。
ここでは園比屋武御嶽石門と、その周辺の遺跡も含めて紹介しています。

◆玉陵(たまうどん)
玉陵は王家の陵墓で、第二尚氏王統の初代国王を祀るために1501年に築かれました。
首里城から西へ200mほどのところにあります。
板葺き屋根を模した石造りの唐風墓(はふうばか)で、現在まで受け継がれる沖縄の墓のデザインのルーツにもなっています。
第二次大戦で大きな被害を受けましたが、修復され当時の姿を現代に残しています。

◆識名園(しきなえん)
識名園は琉球王家の別荘で、王族の保養や外交の接待の場として使われました。
1700年代後半に造られたものですから、首里城や玉陵に比べると歴史が新しいことになります。
造りはいわゆる庭園で、池の周りを歩いて景色を眺める「回遊式」になっています。
建造物は「琉球式」と「中国式」が共存し、独特の雰囲気をかもしだしています。
ここもまた第二次大戦で壊滅的に破壊されましたが、1975年から20年にわたる整備工事で今日の姿に再現されています。

◆斎場御嶽(せーふぁーうたき)
琉球王国の神事を司る神女(ノロ)の最高権威である聞得大君(きこえおおきみ)の就任式、御新下り(おあらおり)が行われた場所です。
かつては国王自らも参拝し、今も巡礼行事、東御廻り(あがりまーい)が行われる琉球王国最高の聖域です。
posted by 沖縄旅行 at 10:37| 日記

沖縄

沖縄(おきなわ)は、日本の地名。
日本の南西端に位置する地方で、行政的には沖縄県という。
元来は沖縄本島のみを指し方言では「ウチナー」と呼ぶが、現在では沖縄県と同一領域を指すことが多く、沖縄諸島の他、宮古島・石垣島・西表島(いりおもてじま)など多くの島を含む。
亜熱帯・熱帯に属する。
県庁所在地は那覇(なは)市。別名は琉球。
日本側文献では『唐大和上東征伝』(779年)に「阿児奈波」として見いだされる地名が初見とされる。
また仮名で「おきなは」と確認できるものは『平家物語』長門本が最古のもので、「沖縄」の表記は薩摩藩の文書中に17世紀前半には確認することができる。
中国、台湾にも近く、歴史的には中国の影響もありながら、東南アジアの影響も色濃く、文化芸能の面でも独自の独特な歴史と文化をもっている。
また太平洋戦争では多大の一般人の犠牲者を出し、現在も在日米軍基地の島として特殊な社会的政治的背景を有している。
各種行政、スポーツ団体などでは地理的地域区分の際、沖縄県を九州と併せ九州沖縄地方と一括して扱うことが多い。
余談として
1998年7月4日にテレビ東京系列で放送された出没!アド街ック天国では、「那覇」も「沖縄」も「漁場」(ナファ)が“語源”と放送していたが、
「おきなは」の語源については「大きな魚場」であるとする説が根強いが、他に「大きな陸地」の意味であるとする説などもある。
なお、漢字は沖縄語の発音に対する当て字であるので、漢字から語源を辿るのは誤りである。
「出典;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84

posted by 沖縄旅行 at 10:36| 日記

沖縄旅行〜グルメ〜

◆アンダンスー(油みそ)
おにぎりやポーポー(沖縄版クレープ)の具に欠かせないアンダンスーは、豚三昧肉と味噌、砂糖、みりん、酒を弱火でじっくりと練りあげて作った油みそのことで、沖縄の常備食のひとつ。
豚三枚肉以外にも赤身肉やまぐろを使用するなど、材料や作り方は各家庭によって異なる。

◆パパイヤ
方言ではパパヤー。
県外では南国フルーツのイメージが強いパパイヤも沖縄では熟する前に収穫し、青いままおかずとして食する野菜のひとつ。
パパイヤを使った料理は、イリチー(炒め煮)やンブシー(味噌煮)、お汁、漬けもの、サラダなど。
乾燥したパパイヤはお土産に重宝しそう。

◆マース煮
新鮮な魚をマース(塩)で煮た料理。魚の旨みがダイレクトに伝わってくる一品で、ポピュラーなのはエーグヮー(アイゴ)のマース煮。

◆スク(アイゴの雑魚)
旧暦の6月1日前後(旧暦の5月、7月の1日前後にもあり)、スク(アイゴの稚魚)が群れをなして、沖縄の海に寄ってくると県内はちょっとしたスク・モードへとスイッチ・オン。
スクを求めてウミンチュ(漁師)らはスク漁へ出かける。
生食用として市販されている新鮮なスクは、刺身や油で揚げていただくスタイルがポピュラーなのでは。
スクガラス(スクの塩辛)とはひと味違った、この季節ならではの楽しみ方もいいハズ。

◆サーターアンダギー(沖縄風ドーナッツ)
沖縄の菓子として代表的なのがこの「サーターアンダギー」。
もとは中国の御菓子で、水を一切使わずに、小麦粉/砂糖/卵で生地を作り、直径3-4cmのボール状に丸めて、低めの温度でじっくり揚げたものです。
サーターアンダギーの「サーター」は砂糖、「アンダギー」は揚げ物という意味で、沖縄風ドーナッツとして親しまれています。
またNHKの朝の連続ドラマ小説「ちゅらさん」で何度か登場した沖縄の菓子であり、最近ではかぼちゃ、うっちん(うこん)、黒糖、紅芋など様々な種類があります。
地域によっては「すたぱんびん」や「さたぱんびん」などと呼ばれることもあり、「かぼちゃのてんぷら」や「砂糖てんぷら」と言われることもあります。

◆ちんすこう
ちんすこうは沖縄の伝統菓子でラード/砂糖/小麦粉(薄力粉)をこね合わせて焼き上げた沖縄の菓子です。
由来は15世紀ごろ、当時の琉球王朝は日中両属だったために、 琉球の国王が交代するたびに中国皇帝から国王として承認を受けるための冊封使が来たそうです。
冊封使には色々な専門家が同行していて、菓子職人もいたために中国菓子の製法が伝えられたと言われています。
又、琉球は日本とも交流があったため、 日本菓子の製法も持ち帰り、独自の菓子を作り上げました。
その当時のちんすこうは、今のものとは全く異なるもので、ベースとなったのは祝事用の中国風蒸しカステラ(チールンコウ)といわれています。
卵をたっぷり使い米の粉を蒸して砂糖とラードを加え、型に詰めて蒸し上げ作られていたそうです。
琉球王朝時代には、ちんすこうのこのスタイルを崩すことはありませんでした。
そして現在のようなちんすこうになったのは、明治末期にそれまで蒸していたちんすこうを試しにレンガ釜で焼いてみたのが始まりだと言われています。
ちなみに現在はプレーンなもの以外に、紅芋風味のもの、チョココーティングのものなど様々な種類のちんすこうが沖縄にはあります。

◆ゴーヤー(にがうり)
沖縄の野菜といえばゴーヤー。
別名ニガウリ(苦瓜)といい、正式名称をツルレイシというウリ科の植物です。
ゴーヤーにはビタミンCが豊富で、加熱してもビタミンが減少しないのが特徴。
カロチンも多く、ビタミンCと協働して動脈硬化を予防する働きがあるとされ、生活習慣病予防にはおすすめの野菜。
その他にも糖分を分解してエネルギーに変えるビタミンB1や食物繊維なども多く、鉄分やカリウム、リン、カルシウムなどのミネラルも多く含まれている。
なかでも塩分過多に効果があるカリウムの含有量が多く、生活習慣病を気にする現代人にとって非常に有効な食品と言えるでしょう。
ゴーヤーは現代人に不足しがちな栄養素が豊富に含まれているため、健康食品としてもとしても人気が高い食べ物です。

posted by 沖縄旅行 at 10:35| 日記